うちの東隣には少し隔てて、うっそうとした杉林がある。
夏には強烈な日差しを遮ってくれて嬉しいのだが、冬場はなんとも悩ましい。
昔、といってもそう古い話でもないが、
新潟県の栃尾市近辺の山村を巡り、風景撮影をしたことがある。
2万5千分の一地形図を眺めてみると、このあたりには池がやたらと多い。
なるほど鯉の養殖の盛んな地域であるからだ。
鯉の養殖池では困るが、そうでない池も混じっているだろうと思い、
この地域を巡ってみることにした。風景の中に池があって欲しかったからである。
当時のカメラはペンタックス645。
さて、時期は真夏のことだったが山村の商店を見つけ昼食のパンかおにぎりでも
買おうと立ち寄った。小さな商店だが金物から日用雑貨、食料品と、あらゆる商品を
扱っていた。そこで目に付いたのが、店先に並べてあった青リンゴであった。
それも小粒のリンゴがいっぱい詰まった一袋が500円もしなかったように思う。
おいしそうだったのでこれを買い求め、昼食とした。
小粒なので丸かじりができて、しかも期待に違わずほんとうに美味しかった。
あまりに美味しかったので、嫁さんにもおみやげに持って帰った。
それ以来、小粒の青リンゴを東京のあちこちで探してみたことがあるが、
売っている店には一度も出遭わなかった。
今、わが家の台所にはたくさんのミカンに混じってリンゴがある。
リンゴは子どもたちにも人気が高いが、目に付く割に食す機会が少なく、
いつまでも取り残されている。
リンゴは皮をむくのが面倒だから、ということもあるが、
子どもたちは皮をきちんと剥かないと食べようとしないから、私はそれが嫌なのである。
ざっくりと切り分けて、「皮ごと食べなさいよ」と皿に盛っても見向きもしない。
だからリンゴは敬遠してしまう。
しかし、これはなにかおかしい。
そのたびに思い出すのが、新潟の山村で食べた小粒リンゴのことだ。
手のひらに納まる大きさのリンゴを袖でゴシゴシ磨いてから、やおら頬張る。
シャブリと音がして、その歯ごたえもいい。
なんでこのような小粒リンゴが普通に商店で売られないのだろうか?と
ずうっ~と不思議な気がしているのは私だけであろうか。
リンゴはきちんと皮を剥いて綺麗な食器に盛り、フォークなんかで上品に食べるのが
それが世間の常識なのだろうか。
ミカンは、うちでは買い求めたことがない。それはうちの嫁さんの実家のあたりはミカンの
産地であるから、毎年、冬にはミカンには不自由しないわけだ。
私達夫婦は愛媛出身だから、ミカンはいつも食膳にあるような境遇で育った。
ミカン狩りのバイトも学生のころには経験した。
ミカンの良さは、その手軽さだ。さっと剥いて、簡単に頬張れる。
でっかいリンゴも四等分などして、皮ごと食べればいいのだが、
しかしできればほんとうは、丸かじりをしたい。その食感が心地良いからだ。
山盛りした小粒リンゴをヒョイと手にしては、ゴシゴシ、そしてガブリ!!
そんなささやかな贅沢をしてみたい。
などと思っていたら、お歳暮でなんとリンゴが届いた。
もちろん大きな上品なリンゴである。とてもガブリとはいかない。
リンゴは大好きだが、どうしても小粒リンゴが忘れられない。
コナラの紅葉が綺麗だ。うちの林にはコナラが少ない。
実生を大事に育ててみたいものだ。