| 2007年『昆虫ある記』を振り返って(4) 2008/01/08 | |  |  | | 今日は再び昨年の5月からもう一件の記事を選んでみた。
5月に入ってからも草刈り作業を徹底して続けたのだが,とくに使い慣れていない草刈り機の作業ではずいぶんと筋肉痛に悩まされた。敷地内の西側にあるノリ面は一番荒れており,とりわけコウゾとメダケが繁茂して草刈り機だけではどうにもならなかった。そこでチェンソーも使ったりした。チェンソーは小型ではあってもしっかり支えての作業となるので,腕や腰にかなりの負担がくる。 毎日汗だくで作業を繰り返すうちに西側斜面もどうにかすっきりとした草地環境を取り戻せた。筋肉痛も1ヶ月を経てようやくおさまり,しだいに体も慣れてきたころだ。
「コガタスズメバチ女王の巣作り」(5月15〜17日)
コガタスズメバチの女王は越冬から目覚めると,単独で巣作りをする。その孤独な作業に立ち会えたのはほんとうに幸運であったとしか言いようが無い。
巣作りの場所を見つけたのは国道を逸れて,川沿いの細い道に入った直後だった。フロントガラス越しにチラリとオレンジ色の蜂が飛ぶ姿が目に入った。咄嗟に車を止めてその蜂の姿を目で追いかけてみれば,崖の中段上あたりにぶら下がった初期巣があった。 発見したのは15日であったがそれから数日おきにこの場所に通うこととなった。 営巣場所の道は車の往来もきわめて少なく,通る人も近所に数軒ある農家の方ばかりのようであった。そこで出会った方々には挨拶をし,コガタスズメバチの営巣のことも詳しく説明してみた。会ってお話をできた方々の様子から,皆さんスズメバチの巣に対して寛容であることを感じ取ったことは昨年の記事のなかでも書いた通りである。
ともかくコガタスズメバチの初期巣で内部の巣盤がしっかり露出している段階から撮影できたのは初めてのことであり,私はかなり張り切って撮影に臨んだ。この機会を逃したら次は無いと思ったからだ。それと同時にけっこう迷ったのも事実であった。というのも近所の農家の方々数人と会話を交わしただけでこの営巣場所が安全に見守られるという保証を得ることはできず,またそう考えるのは甘いと思っていたからだ。 そこで営巣初期の段階で巣ごと女王を捕獲し,自分の敷地内に移設する計画もずいぶんと考えたのであった。しかし,営巣場所は回りの環境を写し込んでの絵柄に優れており,このロケーションの良さを捨てるのはじつに勿体ない。迷った挙げ句,やはり幸運を祈りつつ巣はそのままにして撮影を続けることにしたのであった。 じつはこの巣場所のすぐ近くの薮のなかでも別のコガタスズメバチ女王が営巣しており,そちらはすでに巣盤も完全に閉ざされた徳利型巣まで進行していた。その段階からでも撮影しておく価値はあったけれど,うちに移設してまではと気乗りしなかった。
しばらく通ううちに巣作りは下向きの徳利状まで進行した。こうなると巣のなかでの作業は見ることもできず,とりあえず巣からの出入りなどを撮影することにしていろいろとその準備を進めてみた。コガタスズメバチの単独女王はそれほど恐れる必要はないのであるが,それでも巣の近くで作業しているうちに威嚇してくることも多く,そういうときはやはりビビってしまう。 ようやくカメラの設置器具やライティングが決まったところで,こんどは天候が崩れ出し,しばらくは撮影を断念するしかなかった。その中断はじつに2週間に及び,さすがに心配になってきた。
そしてようやく雨が上がり天候も回復した日。心配していたことが現実となった。営巣場所に着いてみれば,巣の様子がおかしい。徳利状の筒が大きく欠けておりひびが入ったり穴が空いているのだった。外部から強打されたのは間違いない。もちろん女王バチの姿もなかった。 いそいでもう一つの巣も覗いてみようとして,すぐにそちらも惨事に見舞われたことがわかった。巣場所は高い崖の上の薮の中にあったが,その崖には人が登った痕跡が残され,薮の入り口が大きく開かれていたのだ。巣は跡形も無かった。
このようにして人家周辺や耕作地周辺のスズメバチやあるいはアシナガバチ類の生活を撮影する仕事は,多くの場合うまくいかない。スズメバチやアシナガバチは人を刺すのだから,巣を作らせない,というのが世の中の大勢だから仕方が無いと 諦めるしかないのだろうか? いやほんとうはそれは大きな間違いだ。自然とうまく付き合っていく術について,多くの人が希薄になってしまったのだと感じる。対峙する生き物についてちゃんと理解しようという態度があってこそ,危険を回避できるだけの距離感というものを保つことも可能なはずである。
 | |