| テントウハラボソコマユバチ 2005/07/27(その2) | | | | | 長い名前である。これは「テントウ」「ハラボソ」「コマユバチ」と三分割で覚えるといい。しかしやはり長い名前に変わりはない。 さて、本日の「国分寺市立もとまち公民館」主催の昆虫観察会で、エノキの梢を眺めていたときのこと。参加者のお母さんがエノキの葉っぱで見つけたのが、このテントウハラボソコマユバチの繭を抱えた、テントウムシなのである。 コマユバチの寄生を受けたテントウムシは、何事も無かったように生活しているが、ある日突然、自分の体からコマユバチ幼虫が這い出てくる。そしてコマユバチの幼虫はテントウムシの腹側で繭を紡ぐのである。写真ではわからないが、テントウムシはまだ生きており、脚をもがいている。しかし繭を紡いだときの糸がエノキの葉っぱに絡んでいて、テントウムシはその場から離れることができない。即死に至らないまでも、すでにテントウムシの体内ではコマユバチ幼虫が成長するための栄養分を奪われている。実に巧妙な寄生生活ではあるが、そうは言ってもこれだけでっかい寄生者が体から出て来るのだから、宿主であるテントウムシが平気でいられる訳はなかろう。いづれこのテントウムシは死んでしまう。
『死を迎える日』
荒木経惟+杉浦日向子『東京観音』(筑摩書房)なる写真文集を購入してパラパラと読んだのは一ヶ月ほど前。そこには荒木経惟氏撮影なる杉浦さんの姿もちらほら登場する。日向子様のお顔は観音様にだぶったりしていかにも異空間を醸し出すのだが、その日向子さんが癌で亡くなったということを昨夜、嫁さんから聞いた。 私は杉浦日向子さんの特別熱心なファンというほどでもないが、彼女の漫画や著書は気に入っていて本棚にはいくらかの著書が並んでいる。好感も抱いてきた。だから私と年齢が一緒ということもあって、訃報に驚くと同時に自分の体からスゥーッと力が抜けるのを感じた。このところ身近な人の訃報が続いたこともあるだろう。 昆虫写真の仕事をしていると、肉体的にはやはり職業病的な厄介を抱え込むことが多い。歳をとるにつれ、その厄介も深みが増し、とうとう去年の暮れには産まれて初めてマッサージを受けた。これはかなり効いた。効いたけれど、しかし定期的にこの療法を受ける時間はほとんどないので、一時的な気休めのような気がする。全身の筋肉が痛むと言っていいのであり、近年の腰痛から発展してきたのではないかと思う。 体の不調には波があって、そういつも恒常的に悩まされているわけではない。だから自分はむしろ元気な方だと思っているが、先日の熊本ロケ時に酷暑のなかで受けたダメージがかなり残ってしまった。体がだるく、全身筋肉痛と食欲不振が続く。そして、こんなダメージを重ねていればいずれ何かの病魔に襲われても当然のような気もするところが、やはり自分も歳とった証拠だ。 自分の死を考えることはよくあるが、その予想はかなり難しい。こうあって死にたいとは思っても、多分そんな身勝手な期待は裏切られる形で死が迫ってくるのだろう。
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