| 「昆虫観察トラップ」万里の長城のごとし! 2003/11/29 | | 昨日ニホンヤモリを見つけたことから、さっそく平凡社の『日本動物大百科・第5巻』を開いてみた。日頃から馴染みの薄い生き物に出会すとわくわくしてくる。ヤモリという身近な爬虫類のことは文字上では知っていても、こと生態、暮らしぶりとなると私は全く無知であることを再認識した。こういうとき座右の書として『日本動物大百科』全11巻はたいへん重宝する。で、この書物から得たニホンヤモリの情報のなかでもっとも注目した点は、彼らが主に人の居住区にしか棲息できない、というくだりである。特に冬眠場所についてはヘビやカナヘビなどのように土中に潜り込めない、ヤモリ固有の事情があるという。つまり家の外壁やガラス窓にぴたりとへばりつく吸盤状の脚の構造にとって、土の粒子がそこに詰まることははなはだヤモリにとって不都合だというわけである。土を掘るにも適した形状ではない。なるほど!そう言われてみれば頷けるのだがヤモリの立場になって考えてみない限り見えてはこない事情だ。 それと冬の気温の問題。ヤモリは民家の暖房、人いきれなどを頼って冬を乗り切るというのである。ニホンヤモリの生息分布の現状は、人の生活圏とともに成立し本来の自然分布は九州西海岸の一部だけではないかということらしい。さすれば中里の林というのはどういう点で人の居住区との接点があるのだろうか? ところでニホンヤモリの産卵の仕方、この情報も本書から得た。その記事を読んだ途端、私は前々から気に掛かっていたことが即座に理解できた。またもや、なるほど!である。すぐさまパワーショットG5を手に、雨の降る中里の林に赴いたのである。前々から気に掛かっていたこととはこの白い物体であった(写真上)。もうおわかりであろう。ヤモリの卵の殻なのである。2個並べて産むというのが通常の産卵習性であるというから、文字通りである。この卵殻の付いた金網の廂はコンクリート壁上部の高台にあり、仔細に観察できる位置に無いので、今までカタツムリの殻であろうかなどとぼんやり思っていたのである。この卵の殻を今日あらためてよく見ると産み落とされた段階で柔軟な卵は粘液でもって金属壁に密着していたことまでわかった。 さて、この遊歩道と林の境界に長く設えられた金網は、見方を変えればまさに「昆虫観察トラップ」とも捉えることができる。(ここでは景観の善し悪しの問題などは横に置いておこう)この金網の塀はコカマキリの産卵でもわかるように、雨風を凌ぐ頑丈な建造物の一面を持つ。自然界では岩とか大きな木のウロとかいった場所が本来あったはずであろうが、人の活動によってその多くは排除されてしまっているのが現状だ。しっかり雨風を凌げる場所を求めて多くの昆虫、生き物がこの金網の廂を代用せざるを得ないのである。採集にせよ観察にせよ昆虫の姿を望む者にとって、そうした金網塀はまさにお誂え向きの場所となる。塗装され直線的で平滑な金属表面は、観察台のごとく昆虫の姿を浮き上がらせてくれるのだ。林から林へと移動する昆虫の多くが、この「金網の長城」に足掛かりを得て、長らく滞在するも、隠れ家として利用するも不思議なことではない。とにかく安定した足場というものは様々な生き物にとって得難いものなのだ。この『ある記』のバックナンバーでも、アリのヘリポートとして林内の遊歩道の棒杭が利用されていたことに触れたが、他にもこうした棒杭を利用する昆虫は多い。棒杭や金網塀を「昆虫観察トラップ」と捉え直せば、そこには数多くの昆虫が出入りしかつ生活の場としていることに気付くのである。 とすればニホンヤモリにとってこの金網塀は、少なくとも産卵場所として、そして昆虫やクモといった食糧の供給の場としてうってつけの生活空間でもあるといえよう。では、ヤモリにとっての冬の暖房にあたる、風を凌ぐ以上のものがここにあるのであろうか? それはもしかしたら水銀灯ではないかと思われる。唯一、熱源としてあるものは遊歩道に沿って等間隔にならんだ外灯であろう(写真下)。 私はコカマキリの産卵がこの金網塀に集中する現象を見て以来、様々な昆虫や生き物に出会うこの「昆虫観察トラップ」がいかにすぐれているかを実感しつつある。林に出向いた際にはまずこの金網に沿ってじわじわと歩き見るのだ。その様子は散歩する多くの人から見れば理解不能であっても不思議ではない。カメラを下げている格好が唯一、気狂い扱いされるギリギリのところで私を庇ってくれている。 今日は「昆虫観察トラップ」の効用の一例としてキタテハの蛹も撮影してみた(写真中)。金網に巻き付いたカナムグラで育ったキタテハ幼虫の多くは、葉を綴った巣のなかで蛹になるのであるが、この手間要らずの金属廂を利用する幼虫も少なからず見つかるのである。もっともこの写真の蛹は寄生蜂にやられた死骸であるが、他にも無事羽化した抜け殻は多い。
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