| その動き、アメーバのごとし!(概要) 2007/09/24 | | 本日の記事は、昨日の観察から始まっており、写真は(その1)から時系列で並んでいる。とりあえずはここの概要を読んでいただき、あとで(その1)から(その3)まで遡って写真を見ていただければ、と思う。
まず観察の発端となったのは、玄関脇のコンクリート上で発見した物体であった。玄関を出て、庭木のほうへ歩みかけたとき、視界のなかに落ち葉が入った。
いや一瞬、落ち葉かと思って見過ごすところだった。こういうとき、そのような微細な現象にいちいちこだわるのが、私の性分かもしれない。もちろん今は仕事に深く関係し、欠かす事のできない貴重な性癖とも言える。 さて、私が足を止めたわけは、その落ち葉の表面にわずかなうねりのような動きがあることに気付いたからだ。
「なんじゃ、これ!?」
私でさえ少し不気味に感じたくらいだから、世間一般の方々の多くは、おそろしく気味悪いと感じるはずだし、中には悲鳴の一つや二つは張り上げること間違いないだろう。私には一瞬、蛇の表皮に見えて、しかもそれがざわざわとうごめくのだからますます気味が悪かった。
まず見た所、わけがわからない、この正体不明の存在に対する恐怖感。そして、もう一つは、写真では伝わらないが、その物体の表面がざわついていること。その波打つようなうごめきから来る気味悪さ。どうやら得体の知れない生物とわかったときの不安な気持ち。 そういう恐怖感、不安感、気味悪さが重なり合って、誰もが思わず一歩も二歩も後ろへ下がるのではないか、と思う。しかもコンクリートという無機質な舞台上だと、余計に怪しさが増す。
しかし、私はここでしゃがみ込んでみたのである。少し不気味だがその正体を知りたくなったからだ。しゃがみ込んだ瞬間、物体は急に変形し始めた。私の落とした影や空気の動きに反応したのだろうか。
アメーバが触脚を伸ばして、体を変形させながら移動するときのように、その物体も細い帯状の突起が伸びて、どんどん移動していくのであった。
そこでさらに顔を近づけてみて見ると、一匹の生物に見えた物体は、おそらく100匹以上のウジ虫集団であることがわかった。体長5ミリ程度のウジ虫たちはお互いの体を密着させるようにして、あたかも全体の塊が一匹の生物であるかのように移動していく。互いの意思伝達でもなされているのだろうか?と思いたくなる。
蛾の幼虫には、大集団で移動するものが数多く知られているが、それはたいてい行列移動である。だから「行列毛虫」とも呼ばれる。ところが、このウジ虫集団はまさに合体運動をするのである。見ているとたいへん不思議だ。
その動き、まさにアメーバのごとし!なのだ。
しかし、ウジ虫集団はいったい何の目的で、どこへ行こうとしているのだろうか? しかも無機質なコンクリートやタイルに囲まれた空間などを、どうして彷徨っているのだろうか?
何故ゆえにこのような乾燥した無機質上を徘徊しているのか?という二つ目の疑問は、ウジ虫の体の特徴を見ていれば湧いてくる。 つまり、ウジ虫の体はテラテラと粘膜を帯びているようであり、そして消化器官が透けて見える体表面には色素をほとんど欠いている。 この体の特徴から想像できることは、彼らは湿り気のある場所で生活してきただろう、ということだ。当然、直射日光など届かない、薄暗い環境のなかで育ってきたはずだ。
となると、「ウジ虫集団はいったい何の目的で、どこへ行こうとしているのだろうか?」という一つ目の疑問の答えについては、こう推測できる。
「どこか暗がりへ行こうとしているのではないか。」
ウジ虫集団は流体移動を続けて、ついにタイルとコンクリートの3面が合わさるコーナーに集結し丸い団子状となって留まった。
そこで、私は一つの野外実験を行なってみた。彼らに気持ちがあるとすれば、その気持ち、気分を問いかけてみたい。「いったい、どうしたいのよ?」
私が思いついた実験は、ウジ虫たちの習性には負の光走性があるだろうと推測され、そのことを確かめようというのがねらいだ。 実験といっても簡単なことで、落ち葉をウジ虫集団の傍に置いておくだけ。落ち葉は少しうねっており、コンクリート面に置くと、そこそこ日陰の空間ができる。例えて言うなら、ウジ虫集団にとっては巨大なテントが出現したようなものだろう。
落ち葉を置いてからしばらくして、見事に反応が現れた。
まるで斥候を派遣するかのように、集団の一部から半島がスルスルと突き出してきて、それがグイグイと落ち葉の暗がりへと伸びてきたのであった。 その様子は、まるで武道館の会場入り口へ観客がドッと押し寄せる様を上空のヘリコプターからテレビ中継しているように見えてくる。 落ち葉の大きさは、ウジ虫集団全部がギリギリ納まるくらいと思われ、最初の流体移動の勢いから、これはうまく観客誘導に成功したぞ!と一瞬、嬉しくさえなった。
ところが、しばらくして、観客の流れに異変が生じ始めた。
武道館で公演予定のスターが急に体調不良を訴えて、突然の公演キャンセルとなってしまった、そんな感じだ。 観客達はブーブー怒りを現しながらも、次々とUターンし始めたのだ。
簡単な実験は失敗に終わったのだろうか?
いやいや、一応は暗がりという環境要素には反応したのだと思う。しかし、別の条件、例えば湿度の要素などが抜け落ちていたのではないか。
実際、コンクリートとタイルでできたコーナー、角には、わずかな割れ目もあってそこから少し湿り気を帯びている。すくなくとも湿度勾配から、ウジ虫集団がそこへ集結したのも自然な成り行きではなかったろうか。
なおかつ、ウジ虫たちが求める環境要素として、閉塞環境が必要ではないか。つまり体を回りから支えてくれる、接触物が必須ではないか。それが少なくともコーナーなら若干は、近い要素とも言える。
コーナーに再び集結して留まってしまったウジ虫集団を見ていて、最初からずっと疑問だったのは、やはり彼らが何処から来たのか?ということだ。 それに彼らの正体は何者だろう?
何処からやって来たのだろうか?という疑問には、このようなアメーバ状の運動では、そう遠くから移動してきたのではないだろう、と予想できる。日射しを避ける場所とすれば、庭木の植わっている土壌中あたりではないか。 しかし、何故ゆえ土から離れてコンクリート面へと彷徨ってきたのか?という疑問は残る。
ウジ虫の正体は、数匹を摘み採って実体顕微鏡下で観察したところ、Diptera(ハエ目)の一種、しかもキノコバエ類に近いものということが薄々、わかった。 しかし、キノコバエ類の生態について、私はほとんど知識がない。つい最近、おそらくは菌類を食すと思われるキノコバエ類の幼虫を撮影したばかりだが、それでさえ、真相はまだほとんどはっきりしていない。
今回のキノコバエは、正確にはクロバネキノコバエ科の一種であることはほぼ間違いない。 学研の『日本産幼虫図鑑』によれば、クロバネキノコバエ科のトゲナガホンクロバネキノコバエの幼虫が、非常によく似ている。ただし、体長の違いから本種(体長が9ミリもある)ではないようだ。 トゲナガホンクロバネキノコバエの幼虫は、群れて落葉層と土壌層の間に生息し、腐った植物質を食べるそうだ。
長々と観察の過程を書いてしまったが、私はこの不気味なウジ虫集団を見つけたとき、すぐには文献を調べなかった。キノコバエ類という見当をつけたのだから、図鑑類を調べればいいものを、私はともかく自分の目でしっかりと観察してみたかったのである。
野外観察やちょっとした実験で、どれだけのことがわかるか、それを試してみたかったのだ。生きものを目の前にして、いろいろと考察したり想像したりすることはとても楽しいのである。これは週刊誌でスターの噂をいろいろと覗き見する楽しみと、そうは違わないかもしれない。 しかし、今回のようなほとんど正体の知れない生物に初めて対面したときの興奮や驚きは、人間社会のスキャンダルよりかはずっと面白いと、私は思う。
昆虫写真家の立場としては、このような昆虫の未知なる不思議な生活、くらしぶりというのを、一つ一つ解明しながら、その興奮や驚きを写真で表現したり、文章で書き綴ることも、私の使命であろうし、持ち味ではないかと考えている。
昨日、高柳芳恵さんの書かれた『どんぐりの穴のひみつ』を読んで、反省したばかりだ。少しはその反省が活かされたのかもしれない。
| |