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カブトムシ 2008/02/10
 休日の朝、犬の散歩は私の役目となる。
 犬は寒さには強いらしい。霜柱を蹴散らし、霜の降りた葉っぱをシャリシャリと音を立てておいしそうに貪る。雑種だからか、逞しい。冷凍サラダはけっこういけるようだが、犬の味覚とは人のそれとはいかにもかけ離れているようだ。
 穴掘りも熱心だ。何か獲物の臭いを嗅ぎ付けたのだろうけれど、固く張った草の根を土ごと噛み切らなければならない。前脚のショベルだけではなかなか掘削作業がはかどらないようで、もどかしい犬の気持ちが伝わってくる。根っこを噛み切ってはペッと吐き出す。そしてまたガリガリと前脚ショベルで掘る。キツネのように細長く突き出した顔つきはこういうとき、鼻先を穴深く突っ込むのに適している。興奮しながらフンフンと嗅ぐ様子を見ていると、こちらまで期待感が増す。いったい何が土のなかにあるというのだろう?
 しかし、田んぼの畦だからあまり大きな穴を掘って欲しくはない。ある程度頑張った様子を見届けてから、可愛そうだけど穴掘りを断念させる。犬は未練がましく何度も何度も穴のところへ戻ろうとするが、私はグイグイと紐を引いて先へと進む。もちろん穴は埋め戻しておく。
 じつはうちの犬が熱心に穴掘りして、その様子を辛抱強く眺めてみたことはこれまでにも何度かあるが、一度として獲物を得たことはない。いや一度だけあったのだが、一瞬にして飲み込んでしまって獲物の正体を見届けることができなかった。私としては犬が何を嗅ぎ付けたのか、その正体をどうしても見届けたいのである。

 今朝はいかにもカブトムシ幼虫が潜んでいそうな朽ち木に行き当たり(写真上)、そっとめくってみれば、やはり(写真下)。カブトムシ幼虫の糞が一杯、地面に積もっている。どうやらこの場所では少し餌不足に落ち入っているようでもある。こういう条件で育つと、オスであればあまり立派なツノの個体には育たないかもしれない。でもカブトムシであることに変わりはない。小さくたってちゃんと彼女を見つけ出すくらいの根性はあるはずだ。でっかいカブトムシに負けてばかりではない。ふと、夏場の樹液酒場のにぎわいを思い描いてみた。カリカリ、ゴソゴソ。樹液に酔いしれるカブトムシたち。
 夏のシーンを思い起こしながらカブトムシ幼虫の撮影をしていると、待ち切れなくなった犬が、クーン、クーンと甘えたような声で先へ行こうよとせがむ。

 (写真/リコー  Caplio GX100)

 新開 孝

オオテントウふたたび 2008/02/09(その3)
 先月、1月31日に紹介したオオテントウは日南市の海岸近くの森で見つけたものだった。ところが今日は、私の林のすぐ隣にある背丈の低いヒサカキ(写真上)の梢でまたもやオオテントウを見つけたのである(写真中)。

 今朝は雨が降っていて、昼から止んだものの北風がたいへん冷たい。そのような気象条件下でも梢でじっと身を晒しているオオテントウとは、いかにも寒さに強いやつ!、と思わせる。
 オオテントウは、脚を腹側に縮めて頭部も甲冑の下に隠している。これはアルマジロかダンゴムシ状態とも言えるが、その腹側から見た写真がこちら(写真下)。
日南市で見つけた個体も今日のも、その体色は色あせている。オオテントウの体色は本来もっと鮮やかなオレンジ色である。腹側から見たときに若干その本来の色が残ってはいるようだが、こうした退色は成虫として長く生きている証なのだろうか。
 例えばカメムシのなかまでカメムシ科の多くは、越冬カラーといって冬の間だけ体色が色あせるものが多い。越冬カラーのおかげで、越冬場所の落ち葉などにうまく紛れるのだが、それも春を迎えて暖かくなると元の色鮮やかな体色に戻るのである。
 しかし、オオテントウの場合はカメムシとは事情が違うと思う。この先春を迎えても、このオオテントウが色鮮やかな体色に戻るとはちょっと想像できない。

 オオテントウは国内では最大級のテントウムシだ。しかし、それほど頻繁に目に触れる虫でもない。そのためか彼らの生態についての知見はきわめて貧弱であるようだ。今日はしばらくオオテントウを継続して探してみたが、二匹目は見つかっていない。だが、この三股町にも確実に生息していることがわかったことだけでも、私にとっては大きな成果と言えるだろう。

(写真上/リコー Caplio GX100)
(写真中/E−3  50ミリマクロ+2倍テレコン)
(写真下/E-500 35ミリマクロ+1.4倍テレコン)新開 孝

ナガサキアゲハ越冬蛹の受難 2008/02/09(その2)
 昨日、紹介したばかりのナガサキアゲハ蛹は、今日になってさらに横腹の穴が広がり、そして中に詰まっていたウジ虫はかなり消失していた(写真上)。穴の裂け具合を見るにつけ、どうやら鳥の仕業ではないかと思えてきた。まだウジ虫は少し残っているので、またその犯人がこの蛹のところへ再び姿を現すのではないかと思う。
 してみると、敷地の隣にあるクリ畑のミカンの木についていたナガサキアゲハ越冬蛹のことも気に掛かる。こちらの蛹は緑色でミカンの枝葉にうまく溶け込んでいたが、やはり心配していたことは的中し、蛹は尾端部分のみが残っているだけだった(写真下)。これも鳥に喰われたものと推測する。

 ナガサキアゲハの越冬蛹は、周囲の環境に紛れる工夫をいかにうまく施そうと、こうしてあっけなく天敵に襲われてしまうこともある。隠蔽擬態という策も万能ではない、ということだ。

(E-3  50ミリマクロ+2倍テレコン)新開 孝

「私の林」 2008/02/09
 私が所有する林は、「私の林」と言ってもいいのだろうけど、なんだか違和感がある。
 これが「私の車」とか「私の家」とかの表現なら、当たり前だけどまったく違和感がない。「私の林」という言い方に違和感を覚えるのは、そもそも「林」を所有するということが、通常の一般家庭では、あまりあり得ないことであるからだろうと思う。「私の畑」くらいなら、今は貸し農園も盛んであるから、これも耳に馴染みがあっておかしく感じない。
 「私の林」を「うちの林」と言い換えると、少しだけ違和感が薄れる。これは「私の亭主」に対して「うちの亭主」という言い方が多少なりともそっけなさを感じさせることでわかるように、「私の」という表現には、自分の所有物という明示以上に「自分の思い入れ」あるいは「執着心」というものが感じ取れるからだろう。「うちの林」なら、「必要もないのに敷地内に林があってさあ」という事情を抱えている人なら、意外とそこそこいらっしゃるのではないかと想像して、あり得ない話でもないなあと思うからだ。

 前置きが長くなったが、つまりこのところ私は自分の所有する林に「愛着心」をしだいに抱き始めたのである。自分なりには「私の林」と言いたくなってきたのである。もちろん土地を購入すると決めた段階で、「林」も敷地内にあることが魅力となったのではあったが、最初の頃の林はともかくひどく荒れていた。手入れしないかぎり、林そのものが写真の被写体となる可能性などはまったくゼロであった。
 昨年の秋から本格的な手入れを施し始め、斜面林2100平米(約640坪)のほぼ半分以上の面積において、はびこっていたササ類を伐採し終えた。下刈りを終えた箇所は大きなクヌギが立ち並んだ、林のもっとも主要部分であるから、とりあえずは、クヌギ林として少し様になってきたように思う。林の地面まで太陽の日射しが届くようになり、風通しも格段に良くなった。
 
 もっともまだ落ち枝や落ち葉などのくずはき作業など、整備するべきことは数多く残されている。山積みになったササの有効利用や解体処分作業も終わることなく続く。クヌギの木もどれも大きくなり過ぎているから、選んで萌芽更新もしないといけないだろう。いろんな自然木も新たに植えてみたいし、まだササがびっしり残っている所も伐採して、そこにはクヌギやコナラをドングリから育てたいとも考えている。

 さて、今日の写真は13年前の1995年1月に所沢市の雑木林で撮影したルリビタキのメス。1989年〜この当時頃までは、冬になるとけっこう鳥の撮影もしていた。とくに1995年の冬は、ルリビタキのオスが私の通う林に初めてやってきた年で、しばらくはルリビタキの撮影に夢中になったことが懐かしい。
 このところ私の林では、ジョウビタキの姿をよく見る。私がときおり落ち葉をどかしたり、ササを払ったりすることで、ジョウビタキにとっては格好の餌場が出現するからだ。ジョウビタキのもっぱらの餌は落ち葉の下などに潜んでいる、クモや昆虫、ムカデ類などだ。木や草の実もついばむが、やはり動物質の餌を好むようだ。ジョウビタキが地面に飛び降りては何やら獲物をついばむ姿を眺めていると、遠い過去に(13年前だが宮崎に移転したことでずいぶんと過去に感じる)ルリビタキを撮影したことを思い出した。

 ルリビタキを撮影していたころ、オスの美しい瑠璃色や、彼らの可愛らしい表情を撮影することもそれなりには時間をかけた。しかしそういう絵柄よりも私がもっとも撮影せねばと心がけていたことは、ルリビタキがどんな獲物をどうやって見つけ出し食べているのかという場面だった。ルリビタキがこんな餌を食べていますよ、という説明がきちんとできる絵柄の写真を撮りたかったのであった。 
 この13年前の写真では、ルリビタキのメスがマダラカマドウマをくわえている。じつはルリビタキが止まっているコナラの根際には小さなウロがあって、その中に数匹のマダラカマドウマが潜んでいたのだ。私はこのルリビタキが樹洞から獲物を引きずり出すまで、その樹洞内にマダラカマドウマが潜んでいることなど、まったく知らなかった。しかし、毎日のようにルリビタキの行動を追いかけているうちに、彼らの視線の先や次にとる行動の兆しなどがしだいに読み取れるようになっていた。
 ルリビタキのメスが、コナラの根際に飛び移り、ちらりとウロの中に視線を送る瞬間を私は見逃さなかった。そのチラリの瞬間から私はカメラのシャッターを押し続けたのであった。今日の写真はそのときの一連のカットの中の一枚。

『ポジ写真の複写はスキャナーではなくデジタルカメラで、、』

 今日の写真はポジ写真を最初はスキャナーで取り込もうとしてうまくいかなかった。どうもスキャナーのドライバーソフトの細かい設定を知らずといじってしまったようだ。なんとかしようといろいろ設定をいじっていくとますますヒドくなって、気が変になりそうだったので、思い切ってデジタルカメラで複写することにしてみた。
 簡易的な複写台を作り、カメラはE-3、レンズは35ミリマクロと1.4倍テレコン。光源にはストロボFL-36R、2台を複写台の背面にころがし、光りをポジ写真のうしろに配置した乳白板を透過させる。こういうとき、E−3のワイヤレスRCフラッシュシステムはたいへん役立つ。注意すべきはフィルム面とカメラの撮像面をできるだけ平行に保ことと、光源の光りがレンズに直接入らないようにすること。
 WBはいろいろ試してみたが、オートでまずまず。露光調整はTTLオートで+1のさじ加減。絞りはF8くらい。光源は蛍光灯でもいいだろうが、ブレを簡単に防ぐにはストロボが確実。ピントをしっかり合わせるためにも、もちろん三脚は使う。ただし、ピント合わせ用の照明は別途用意する必要がある。

 私の使っているスキャナーはエプソンの初期の頃のフラッドヘッド式であり、フィルムスキャニングはおまけ程度という扱い。もちろん設定をきちんとやれば、ラフや写真確認用やWEB用のデータ画像など仕事上で使うことも充分可能である。しかし、いかんせん、ウォーミングアップやら取り込み時間などにかなり時間が掛かり過ぎる。写真点数が多いときなどはパソコンの前にただただ坐っている時間が長く無駄で実用的ではない。

 そこでお金もないことだし、最新式スキャナーなどは考えずに、今日のような複写撮影が実用的だと思った。この方式をうまく使うには、写真のセッティングも簡単にできるような複写台を工作する必要がある。スタジオにころがっているガラクタ素材をかき集めれば、なんとかなりそうだ。あとはひらめきと工作に注ぐ情熱があれば良い。ただ、今のところその情熱が少し足りないのである。
 新開 孝

ナガサキアゲハ蛹 2008/02/08
 昨年11月末頃に紹介した、キンカンの幹についたナガサキアゲハの蛹。
この蛹はアオムシコバチの寄生産卵を受けていたので、春になっても羽化することはないだろう、と以前に書いた。この蛹の運命がわかってはいても、迷彩色のナガサキアゲハ越冬蛹には魅了されるものがあり、ときどき様子を眺めていた。

 今日は午後6時頃にキンカンの根元を覗き込んでみたら、蛹の横腹に大きな穴が見えた。表皮がめくれたところからアオムシコバチの幼虫の姿が数匹見えている。おそらく蛹の体内にはこのウジ虫たちがびっしり詰まっているのだろう。

 だがしかし、この穴を開けた犯人はなんだろう?それとも風のいたずらだろうか? 鳥の仕業ということも考えられるだろうか?鳥だとしたら、ウジ虫を残らず食べてしまうのではないか、と思うが、どうだろう。

(写真/E−3  35ミリマクロ+1.4倍テレコン)

 
新開 孝

掛け矢 2008/02/07
 今朝も山仕事をした。1時間で止めるつもりが気付いてみれば3時間経っていた。

 今日の作業は刈ったササの移動だが、あまりにも量が多い。10分も働いていると汗だくになる。少し呼吸を整えようと腰掛けて休んでいるうちに、作業内容を変更してみることを思いついた。
 手で簡単に折り砕けるようなかなり腐朽の進んだササは焼却するしかない。しかしまだ青いササや枯れてはいても固いササなどは枝を落として裁断し、新たに集積場をこしらえてそこへ野積みにすることにした(写真上)。
 集積場は斜面のとくに崩落が生じている場所へ設えることにした。山の斜面にはササの根が相当にはびこっていると思われるが、雨の流水で深くえぐれた場所もあって、前から気にはなっていたのだ。ササ材の集積場がいかほどに堰の役目を果たしてくれるかどうかはよくわからないが、ともかくササの両端は綺麗に切断しておく(写真中)。こうしておけば、狩りバチや花蜂の類いが、ササ筒を子育ての場として利用してくれるだろう。

 集積場の支柱はホテイチクの根際の部分を切り取って打ち込んでみた。ホテイチクの根際の部分は節間が詰まっておりたいへん固く丈夫だ。この支柱を打ち込むにあたっては、これまで1.5キロの鉄製ハンマーを使っていたが、今日は「掛け矢」を買ってみた(写真下/画面左が掛け矢)。

 「掛け矢」という用語は初めて知ったが、要するにでっかい木槌であり、棒杭などを打ち込むときに使う道具だ。今日買った「掛け矢」は樹脂製のもので重さは1キロ。木製だと値段も高くなる。新開 孝

春の兆し 2008/02/05(その3)
 宮崎の冬を過ごすのは今年が初めて。とくに都城盆地の冬は宮崎市内に比べて寒いとは聞いていたが、やはりけっこう気温が下がった日も多い。
 しかし、先週あたりから近所のあぜ道などを眺めていると、すでに春の兆しすら感じるようになった。

 あぜ道のギシギシなどは若い葉っぱが伸びてきて、株全体に活気が戻って来たもの(写真上)や、早い株ではすでに花茎が伸び上がっているものすらある(写真中)。(「薹がたつ」とも言うが、「薹:とう」の漢字は難しい)

 うちの庭のクローバー(シロツメグサ)の葉っぱもこのところ緑色が明るくなってきたのがよくわかる(写真下)。林の落葉樹も梢をたぐり寄せてみれば、冬芽が膨らんできたものも散見できる。

 寒さで言えば、東京に居た頃とさほど変わらないように感じてきたが、しかしやはり、宮崎の冬はいかにも短い。新開 孝

コブハサミムシ 2008/02/05(その2)
 お隣、山之口町にある青井岳の麓へ行ってみた。
 青井岳は標高560メートルの低い山だが、照葉樹林の森が濃く残っている。JR日豊本線の青井岳駅を横目に見上げながら、線路を渡って奥に進むと民家で行き止まりになっていた。庭先にはニホンミツバチ用の手作り飼育箱がいくつも並んでいる。

 ちょうど薪を割っていたおじさんがいたので、青井岳への登山ルートを尋ねてみた。すると営林署の詳しい地図を広げて丁寧にルートを教えていただけた。おじさんは昔、青井岳の奥で山仕事を長年やっていたそうだ。だから周辺のたいへん細かい道の様子なども聞けた。しかも私が昨年の夏にロケハンで入り込んだ道の一つが、そのままズバリ、青井岳へのルートに直結していたので、地図なしでも行けそうだ。 ただし青井岳の頂上は狭く、三角点があるだけらしい。

 渓谷沿いの道で石を起こしてみたら、コブハサミムシのメスが何匹か、卵を抱いていた。春はもうすぐそこまで来ているようだ。新開 孝

ヤママユの繭の運命 2008/02/05(その1)
 今の時期に雑木林で見つかるヤママユの繭の姿には大方、二通りあって、一つは大きな穴がぽっかりと開いたもの。そしてもう一つは写真のように完全な姿を保った繭だ。
 繭上部に大きな穴が開いた繭は、夏の頃に成虫が羽化して繭の外へと旅立っていったことの証である。その穴は徳利の口のようにわずかにめくれており、大きな体のヤママユ成虫がゆっくりと時間をかけて抜け出した様子が目に浮かぶ。しかし繭の概形のシルエットがそのままで、大きな穴が繭の横腹あたりに開いている場合は、繭がなんらかの災難に襲われたことを物語っている。 

 私が高校生の頃に初めてヤママユの繭を見たのは、まさに今日の写真と同じ状況だった。当時、見つけた繭はもっと緑色が鮮やかだったと思う。そのころはカメラを持ってなかったので、スケッチだけが残っている。その繭は宝物のように感じて大事にしまっておいたのだが、春になってからでっかい寄生蜂が一匹出て来た。それはコンボウアメバチというとてもスリムな寄生蜂だった。

 さて、写真の繭はおそらくコンボウアメバチの寄生を受けたのだろうと思ってうちに持ち帰ってみた。ところが繭の中の蛹を調べてみると、じつはコンボウアメバチの寄生ではなかったことが判った。蛹のなかでは成虫の体がかなり出来上がっていく中途で息が絶えていた。また繭の外壁には数カ所に直径1ミリほどの小さな穴が開いており、そこから何らかが侵入したのか、あるいは脱出したのか?仔細に見てみると何らかの天敵にやられたことは薄々、納得がいくのだが、どうもすっきりとしない。

新開 孝

クヌギとキマエアオシャク幼虫 2008/02/04
 三股町内のあるクヌギ林でキマエアオシャク幼虫を見つけた。
 九州のクヌギ林のほとんどはシイタケのほだ木用に植えられており、背丈も低くヒョロヒョロと胴回りも細い木がほとんどだ。
 こうした林では、夏場の樹液酒場のにぎわいを期待することは難しいが、そのかわりに低い梢の観察がし易く、食葉性昆虫を探すときには好都合である。したがって今頃は冬芽近くに潜んでいる昆虫探しについてはたいへん効率が良い。
 クヌギはでっかくなり過ぎると、手の届く様な高さに枝が無くなり、冬芽の観察などは不可能になってしまう。

 さて、このキマエアオシャク幼虫はいかにも地味で、体長は3〜4ミリしかないから、余程意識して探さない限り、多くの熱心な自然観察者にとっても無縁の昆虫となりかねない。

 キマエアオシャク幼虫は写真のような姿で冬を過ごし、春になって芽生えが始まると脱皮してガラリと姿を変える。その様子は、拙著『どこにいるの?シャクトリムシ』(ポプラ社)の大扉と3頁目に写真が掲載されているので、興味がある方はご覧いただきたい。

 (写真/Eー3  35ミリマクロ+1.4倍テレコン/ストロボFL-36R使用)
 新開 孝

今朝の霧島山 2008/02/03(その2)
 今日は全国的に冷え込み、東京でも雪が降っている様子をテレビで見た。
 こちら南九州も寒い一日だったが、午前中は少し晴れ間もあった。その晴れ間のうちに、上の子は学校の上履きを外で洗っていた。しかし、風が強く雲の流れもたいへん速い。午後になってからはにわか曇りになったかと思えば、パラパラと小雨が落ちたりもして、不安定な一日だった。

 朝早く霧島山を眺めてみれば、韓国岳の頂上付近にのみ、わずかに積雪があったようだ。

 (写真/E−3 50-200ミリズーム)新開 孝

コガネグモの子グモ 2008/02/03(その1)
 2年前、初めてうちの敷地を訪れたとき、ここにはコガネグモが普通に生息していて、そのことを知った時点で、私は今住んでいる物件にとても好感を抱いたのであった。コガネグモが繁栄しているということは、それはつまり日本の人里の自然環境としては、まだまだ良好な状況にあるとの確信を得たようなものと感じたからである。

 さて、そのコガネグモたちがいくつかの卵のうを残して姿を消したのは昨年の晩夏のころ。そして卵のうはすべて無事にふ化したことも見届けた。一つの卵のう内には1500個あまりの卵が入っているそうだから、ざっと計算してもうちの庭で誕生した子グモの数は、1万匹近くに達するはずだ。
 しかし、その子グモたちもいつの間にかに姿を消してしまい、私の仕事部屋近くの外壁に、なんと今ではわずかに2匹の子グモを確認できるのみとなってしまった。

 このコガネグモの2匹の子グモは、ただただじっとしているだけだ。秋の頃には小さな網に掛かった獲物を食べている様子を撮影しているが、今はとにかく忍耐の日々のようである。
 彼らが無事に春を迎え、そして成長できるのかどうか、たいへん興味深く観察しているところである。

 今日は都城市のリサイクルセンターに行ってみた。とても広大な土地にとんでもなくお金を掛けたとしか思えない立派なでっかい施設に驚いた。駐車場も広い!広過ぎる!
 さて、子供部屋の椅子を物色するのが目的だったが、なんと手頃な学習椅子がたったの100円!!であった。
 私の撮影スタジオで使い易い高さの可動椅子もあって、これが200円!!即購入。領収書もなにもなかったけれど、ちょっといい加減かとも思う。

 リサイクルセンターには膨大な廃棄物、粗大ゴミが持ち込まれる。これらの中にはそのままでも充分に使用できるものから、少し手を入れれば再使用可能なものまで様々な品物であふれているようだ。再生工場の様子も少し見学できた。
 いろいろと工夫できる余地が無限に潜在しているように思われ、この再生工場をもっと活性化すれば、ここから安くて面白い製品が産まれてくるようにように思われた。そのためには民間のしかも若い世代の活力を導入できれば良いかもしれない。
新開 孝

今朝の霧島山と野焼き 2008/02/01(その2)
 すっきりした空に霧島山の綺麗なシルエットが浮かんだ(写真上)。

 霧島山はうちの庭から眺めることができる定点の風景だが、いづれはまったく違う方角からも霧島山を眺めてみたいと思う。360度の角度からぐるりと眺めてみれば、霧島山の偉大な山容も明らかになってくるのだろう。

 さて先日、うちの地区や隣接する町で大々的に野焼き作業が行われた。しかし、雨が続いたせいだろう野焼き作業はあまり盛大にとはいかず、期待していたほど火炎は上がらず、写真にもならなかった。私はササの処分の焼却作業をしながら、野焼き作業を眺めていたのだが、ついに出向いてまで撮影するチャンスはなかった。

 今日はうちの近所の畑で野焼きが行なわれた(写真中)。ここの畑のノリ面は、昨年にタテハモドキやキタテハなどがねぐらにしていたところで、何度も紹介した場所でもある。見ていると草むらに潜り込んで越冬していたキチョウが数匹、飛び出していた。けっこう乾燥した場所で越冬しているのだなあ、と思ったが、この地域のキチョウの越冬の仕方は本州などの寒い地方と比べて眠りが浅いのかもしれない、とも考えてみたりした。

 野焼きというのもなかなか豪快にはいかないようだ。仔細に見てみると燃え残りがたくさんあった(写真下)。
 とは言え、一昨年だったか、阿蘇山での山火事を思い出すと、火を侮れない。あのときの山火事は、野宿していた人がインスタントラーメンを食べようと、ストーブに火をつけてたのがひっくり返り、それがあれよあれよというまに、大惨事になってしまったのだ。



(写真上/OLYMPUS E−3  50-200ミリズーム)
(写真中、下/リコー Caplio GX100)

 新開 孝

庭の昆虫たち 2008/02/01(その1)
 家の台所に近い外壁にスジグロシロチョウの蛹がついていた(写真上)。

 少し目線を下げてみれば、パセリを植えた鉢にはモンシロチョウの蛹が着いていた(写真中)。

 モンシロチョウとスジグロシロチョウの蛹の違いは慣れてくれば、すぐにわかるようになる。両者はおおまかに見ればすみわけているのだが、かなり生活圏がダブってもおり、そういう場所は人の生活圏に多い。
 人が造り出す環境はそれだけ複雑になっているわけで、それはそれで自然の多様性に知らず知らずに貢献していることもあるのだ。

 アブラナの花にはセイヨウミツバチが3匹が来ていた。日射しがとても暖かい。
 私としてはニホンミツバチが姿を見せてくれないことに、釈然としないものを感じ始めてきているところだ。どうしたのだろうか?

 それにしても、昆虫のその可愛い姿と、そしてその素晴らしい運動能力には、毎晩、乾杯しても足りないくらいだと、そう感じるのである。
 新開 孝
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