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韓国版『虫たちのふしぎ』 2008/01/12(その2)
 昨年の夏、韓国のジンサン出版社から自著『虫たちのふしぎ』(福音館書店)の韓国語バージョンが出版された。
 その後、年末に重版が出たということで、見本が再び手元に届いた。

 韓国版はハングル文字表記。一切、漢字もない。しかし私の手元には日本語版があるので(当たり前だが)これと付き合わせていけば、ハングル文字解読の手習いくらいはできそうだ。

 何より気に掛かるのはあちら韓国の自然環境だ。かなり日本と共通する昆虫相も見られるのだろうが、はたして私の本がどこまで役に立てるだろうかと気になる。もともと韓国には行ってみたいとはずっと思っていたが、九州に来てからますますその気持ちが強くなってきた。

 1994年の冬に一度、対馬に渡ったことがある。それはおもにツシマオオカメムシの撮影が目的だった。ツシマオオカメムシは地位類のような紋様をした大型のカメムシで長いこと憧れていた虫だ。わざわざ対馬まで出向いたのは、2002年に出版した『カメムシ観察事典』(偕成社)で掲載することを念頭に入れていたこともあった。
 ツシマオオカメムシは国内では対馬にしか生息していないが、韓国本土には分布している。対馬の雰囲気はどちらかといえば韓国に近いという印象も強く受けたものだが、そのときにやはり韓国に行ってみたいと強く思った。もしも韓国でこのツシマオオカメムシをじっくり観察する機会を得た後なら、和名「ツシマオオカメムシ」ではなく、朝鮮半島の地名などにちなんだ和名を使いたくなるのではないだろうか、などと想像してみる。

 自著『虫のこどもたち』(福音館書店)もいづれ同じジンサン出版社から韓国語版が出版されるようなので、その本が揃ったころにはやはり韓国に行ってあちらの自然を見てきたいと思っている。

新開 孝

2007年『昆虫ある記』を振り返って(8) 2008/01/12(その1)
 「振り返って」連載も今日で8回目。9月の記事内容から選んでみたのは失敗談の一つ。自然相手の仕事では当然うまくいかないこともある。

 「コナラシギゾウムシの産卵行動」(9月10日)

 昨年は宮崎に引っ越して来た直後に、ある放送局からビデオ撮影の仕事依頼が入った。様々な昆虫の暮らしぶりをハイビジョン撮影する仕事だが、撮影項目のなかにはすでに準備が間に合わないものもあった。とくに南国、宮崎だ。春の進行も早い。
 そこでいくつかの昆虫については東北や関東地方から卵などを取り寄せることにした。宮崎市在住の昆虫研究家の方からは詳しい地元の情報を教えていただいたりしてなんとか撮影の準備は整った。
 また季節を少しでも遡って撮影するために、南阿蘇地方にも遠征した。そこでは南九州より2週間ほど春の進行が遅れており撮影はうまくいった。ただ早春特有の強風にはずいぶんと悩まされた。
 
 しかし、晩夏に入って予定していたハイイロチョッキリの撮影は最終的には断念せざるを得なかった。ハイイロチョッキリのメスがどうしても見つからなかったからだ。ハイイロチョッキリのメスはコナラなどのドングリに産卵し、そのドングリを枝ごと切り落とすという習性でよく知られている。
 切り落とされたドングリはたいへん多く、撮影用のメスを入手するのは簡単であろうと思っていた。なにより以前、東京にいたころには同じシーンを何度か撮影しているので、自信があった。
 ところが目の前でドングリが枝ごとクルクルと落ちてくるような場所ですら、どうしてもメスが網に入らないのであった。目の前の樹上にはたしかにメスがいるはずなのに、どうやっても捕獲できないという日々が過ぎ、さすがに焦り始めたころうちの林のコナラでコナラシギゾウムシのペアが見つかった。
 
 コナラシギゾウムシのメスはドングリを切り落とすことはしないが、やはりドングリの中に卵を産みつける習性はハイイロチョッキリと同じである。そこでハイイロチョッキリは諦めて、コナラシギゾウムシの産卵行動を撮影することにしたのであった。

 コナラシギゾウムシの産卵行動は初めて撮影するので、当初は無駄な撮影をしてしまった。メスは産卵に先立って、まずは長い口吻をつかってドングリに産卵孔を穿つ。室内にセットしたコナラのドングリ上でしばらくウロウロしていたメスが、ようやく口吻をドングリに突き立てて穴を掘り始めたときは、ホッとしたものである。ところが、そのトンネル掘りがいつまでも続くのであった。ついに2時間を超えたところで、メスは何もせずドングリから立ち去ってしまった。
 そのドングリを割り開いてみると中は大きくえぐられており、メスはたんに食事をしていたことがあとでわかった。メスが産卵する場合は、事前に行なう掘削工事の時間は30分にも満たないのである。新開 孝

トノサマバッタとマダニの一種 2008/01/11(その2)
 このところ6月に出す予定の本の構成作業が続いている。
 こういう作業は短期に瞬発力でこなしたほうが良いと思える。もともと私は長時間に渡って集中力が維持できない質だ。すぐに他のことに気持ちが泳いでいく。
 ときには真夜中に頭が冴えてきて、布団から抜け出し机に向かったりもする。気持ちが高まっているうちに書きとめておこうという作戦だ。だいたい普段は夜の9時には就寝しているので、夜中の2時頃に起き出すのはそれほど苦にはならない。しかし私は絶対に徹夜はできない体質であるから、必ずまた1時間でも2時間でも再び寝ることにしている。

 今日は朝から小雨が降っていたが、午後3時過ぎころには一旦雨も止み、空も少し明るくなった。そこで犬小屋のなかで丸くなっていたチョロを早めに散歩に連れ出してみた。ゆったりと散歩するのは気分転換にはもってこいだ。

 クリ林ではトノサマバッタ幼虫のはやにえを見つけた(写真上)。そっと触ってみればまだ死後硬直はそれほどでもなく、ここ数日内にモズが捕らえた獲物であることが想像できた。つまりトノサマバッタは幼虫でも越冬していることは間違いない。じつはトノサマバッタは今の時期でも成虫がいることも確認している。トノサマバッタはこの南九州では年に何回、発生しているのかわからなくなってしまった。
 そしてうちに戻ってチョロの顔を見るとマダニの一種が張り付いていることにも気付いた(写真下)。

 マダニもじつは年末から正月明けにかけてたびたびチョロの体で発見しており、彼らにとっても冬は無いに等しいのかな、と思えるのであった。もっともさすがにマダニの動きは鈍く、犬の体毛深く潜り込む前に私に見つかってしまう。

(写真上/リコー Caplio GX100)
(写真下/E-3  マクロ35ミリ+2倍テレコン)
  新開 孝

2007年『昆虫ある記』を振り返って(7) 2008/01/11
今日は昨年の8月の記事から「タイワンクツワムシ」を選んでみた。
(今続けている2007年を振り返るシリーズの記事はあらたに書き下ろしており,昨年,写真に添えた文章とは内容が違うことをお断りします。)

 8月に入ってからは昆虫たちも夏枯れの時期となるが,セミの鳴き声は元気だ。クワガタムシもカブトムシもひところは樹液によく来ていたがパタリと集まりが悪くなった。そのころになってカブトムシの撮影をすることになった。細かい撮影リストと絵コンテが私の手元に届いたのは8月に入っていたので少し焦った。カブトムシの撮影にはクワガタムシも絡んでくる。わずかに飼育していたカブトとクワガタムシを大事にしながら,撮影を終えることができたが.時間的な余裕もなくなんとか仕事をこなしただけで少し悔しい気もした。
 このころ毎晩ヤママユの羽化も待っていたが,なかなか羽化してくれず,さすがに連日連夜の撮影待機につらくなった時期もあった。ヤママユの繭はいくつか用意できていたが,ビデオ撮影に使える繭は数が少なかった。7月に一回目の撮影を済ませてはいたが,2回目の撮影ができたのは9月に入ってからだった。

 「タイワンクツワムシ」(8月24日)

 私が初めて宮崎県を訪れたのは2006年の2月末のこと。なんとその年の5月には今住んでいる土地屋敷の物件を決めた。まさに千載一遇の出会いだったと言える。宮崎県はそれまで地図でしか眺めたことがなかった。だから「何故,宮崎に決めたの?」という質問はよく受けるのも当たり前だろう。

 ところではじめて宮崎市内の叔父宅に泊まった日の朝,裏の草むらから聞こえる虫の鳴き声が気に掛かっていた。関東ではまず聞いたことがない鳴き声だ。おそらくそれではないだろうか?くらいでしばらく自信がなかったが,三股町に住み始めてそれがタイワンクツワムシの鳴き声であることがわかった。
 一旦聞き慣れてくるとその特徴ははっきりと掴める。しかもうちのすぐそばの林のなかではクツワムシも鳴いており,それと比較してもタイワンクツワムシの鳴き声はよく違いがわかる。それとタイワンクツワムシはほぼ1年中見られ,12月でも少し暖かい日には鳴いている。
 
 タイワンクツワムシは明るい草地にも多く,散歩に連れ出した飼い犬がこれを捕らえて美味しそうに食べることもあった。犬はコオロギやトノサマバッタなどの体臭もよく嗅ぎ分けることができるようで,草むらに鼻先をつっこんでは夢中で追いかけ回す。ただし飛び出したバッタなどが,一旦地面に静止すると犬は目の前にいるバッタの姿を見失ってしまう。犬の視覚は人に比べて極端に弱いようだ。こういうときはニオイもあちこちに拡散しているせいか,嗅ぎ付けることもできずウロウロしてしまう。カエルの場合も同じことが観察できる。
 
 犬も味には好みがあるようだ。キリギリス,クビキリギス,タイワンクツワムシ、ショウリョウバッタ,コオロギ類などは好んで食べるが、一方イナゴ類は捕らえても吐き出してしまう事が多かった。
 トノサマバッタの交尾つがいを私が先に見つけたことがあった。
 撮影する前に犬には「待て!」を命じた。犬は物欲しそうにしながらもちゃんと伏せたので、私は腹這いになってカメラを構えた。1カット撮影し,少し体勢を変えたところでいきなり犬(名前はチョロ,推定2歳)が飛び出しガブリとトノサマバッタのつがいを食べてしまった。
 私はカッとなって「なにすんだ!この馬鹿者が!!」と声に出して犬の頭を強く叩いてしまった。自分でも驚く程に久しぶりに怒った。弱者に対して衝動的な怒りをぶつけたときは余計に後味も悪い。
 叩いたあとですごく後悔したが,それからしばらくの間,チョロはバッタなどを見つけても,ちらりと私の顔を窺うようになった。
新開 孝

昆虫写真家・筒井 学さん 2008/01/10(その2)
 昆虫写真家である筒井学さんの ホームページがオープンした。

 筒井さんと初めて会ったのは確か海野和男さんの出版記念パーティの席上だったと思う。海野さんのサイン入り『大昆虫記』を開いてみれば1994年とあるから,もう14年も前のことだ。
 当時,手書きの「アマチュア昆虫写真家」という名札を付けて私にも挨拶してくれた筒井さんは,ヒョロッとした高い身長でとても元気のある青年という印象を受けた。パーティー会場からの帰りも同じ西武池袋線だったのでずっと一緒だったが,筒井さんが昆虫写真への自分の熱い情熱を語っていたのも懐かしい。
  その頃,筒井さんは豊島園昆虫館で仕事をなさっていた。飼育嫌いの私とは正反対に筒井さんの昆虫飼育の腕前は日本一と言っていい位,レベルが高い。したがって昆虫飼育に関する素晴らしい出版本も多い。
 なおかつ本人と対面して喋っていると,ずいぶん元気が良過ぎるせいかあまり感じないのだが,じつは彼の写真を見れば非常に繊細なセンスを見出せる。それは彼のホームページをご覧いただければわかると思う。
 彼は今,「ぐんま昆虫の森」の職員であり,好きなことをやりつつ給料をもらっているのだから羨ましいことこの上ない。公務員である以上いろいろとつらいこともあるだろうが,それを差し引いてもやはり羨ましい職場だと思う。
 素晴らしいフィールドが仕事場であり,なおかつ施設の昆虫文献の蔵書は日本一とも言える膨大なものだ。個人レベルではとても収集できない文献の数々がどっさりあるのだから。
新開 孝

2007年『昆虫ある記』を振り返って(6) 2008/01/10
 今日は昨年の7月の記事から,「謎のキノコバエ」を選んでみた。

 梅雨が終わると南九州の暑さも本格的となった。しかし,わが家は適度な風が吹き抜けエアコン無しでも過ごせた。やはり敷地が少し高台にあるせいだろう。ただし日射しそのものは強烈で日陰のない野外を出歩くときは帽子が欠かせない。
 7月なかばには台風4号が宮崎南部を通過。かなり大型の台風だった。台風に伴う強風は凄まじいとは聞いていたが,覚悟ができていたこともあるのかそれほどとは感じなかった。ただし庭で営巣中のキボシアシナガバチの巣が今にも吹き飛ばされそうになりたいへん心配もした。

 「謎のキノコバエ」(7月2日)

 車で40分も走ればお隣,鹿児島県の財部町だ。ここに大河原渓谷があって6月の末に初めて訪れてから,たびたび足を運ぶフィールドとなった。
 この渓流では大きな倒木上でキノコバエの一種の幼虫群と蛹,そしてメスを求めてさかんに飛翔するオスの姿などを観察できた(写真上)。
 
 幼虫は粘膜状の網巣を巡らし,その表面を滑るように移動する。しかもそのときに餌を探すかのようにせわしく頭部を振るのであった。その幼虫が蛹になるときには網巣を一本によじり合せハンモック状にぶら下がる(写真中)。彼らの生息場所は湿度の高い環境を好むようだが,幼虫の餌が何であるのかは確認できていない。不確かではあるがおそらく朽ち木表面の菌類などを食べているのではないかと想像している。
 幼虫の姿も行動も奇妙でたいへん興味深いのだが,成虫の配偶行動も面白い。おそらくオスのほうが先に羽化していくのだろうが、そのオスたちが倒木の近辺をさかんに飛び交う。お目当ては遅れて羽化して来るメスたちである。
 ハンモック状にぶら下がった蛹は私が観察を始めた時点ではそのすべてがメスであった。そして羽化間近となって黒く変色した蛹には必ず一匹のオスがしがみついているのであった。ときおりそこへ別のオスが飛来すると,それまでしがみついていたオスは脚を使ってあとから来たオスを懸命に追い払う。
 「このメスはオラのもんだ!あっち行けや!!」そんな声が聞こえてきそうだ。
 オスはメスが蛹から羽化して姿を現すやいなや交尾するのである。メスの羽化に先立ってオスが待ち構えているのだから,メスの交尾率はきわめて高いと言える。おそらくメスの蛹は羽化間近となると性フェロモンなどを放出してオスを招いているのではないだろうか。

 本種は同所的に多数の幼虫が高密度で生息し,そしてほとんどその場でオスとメスの配偶行動も成立する。したがって幼虫の成長速度も全体に同調しており足並みが揃っている必要もあるようだ。だからか幼虫期がダラダラと長く見られことなく一斉に姿を消してしまった。年に何回発生しているのか,そのへんのことも昨年は調べる時間がとれなかった。成虫の標本はとってあるが肝心の種名調べは、これもまったく手つかずである。
  
 本種の行動はビデオ映像のほうが向いていると思うので今年は時間があればハイビジョン撮影も考えている。 

新開 孝

冬のモンシロチョウ 2008/01/09(その2)
 昨日,今日と暖かい日が続く。
 庭のプランターに植えておいた小松菜では,モンシロチョウがやって来てさかんに産卵していた。産卵シーンの撮影はできなかったが,小松菜の葉をめくってみれば卵やふ化したばかりの幼虫などがたくさん見つかる。1月にモンシロチョウのふ化シーンまで撮影できるとは,ちょっと嬉しい。
 モンシロチョウの越冬ステージはここ南九州では何だろうか?そんなことを思いながら夕方,犬の散歩で近くの畑を覗いてみた。
 昨年の暮れにモンシロチョウの幼虫がたくさんキャベツにたかっていた畑だ。これはいかにも怪しいなあと思えるコンクリート製貯水槽(写真上)に近寄ってみれば,あるあるある!モンシロチョウの蛹が列をなしていた(写真中)。

 貯水槽の蓋がひさしを作っていて,そのわずかな日陰にモンシロチョウの幼虫は次々と集まってきたようだ。まだ前蛹の段階もいる(写真下)。貯水槽にくっついていた蛹を数えてみたら31匹であった。寄生バチも前蛹にたかっていたから31匹の蛹がすべて羽化するわけではないだろう。すでに黒く変色して死んでいる蛹もあった。

 いづれにせよ,この蛹たちはやはり休眠蛹になっているのだろうか?

(写真/リコー Capkio GX100)新開 孝

2007年『昆虫ある記』を振り返って(5) 2008/01/09
 今日は昨年6月の記事の中からヒラタクワガタを取り上げてみた。

 南九州の梅雨は長い,と聞いていたがその通り。都城市の町中にはやたらとコインランドリーが多いのはそのせいでもあるとは,うちの雨樋取り付け工事を請け負った業者の方から聞いた話だ。
 6月後半に見えたお客さんは長雨のことも考慮して1週間の滞在としたが,それは正解だった。丸一日,天気が安定していた日はなく,良くても半日は雨ということが多かった。お一人は虫大好き女史ライター,そしてもう一方は昆虫写真家というコンビだったが,雨続きでは可愛そうだなあ,とは要らぬ心配だった。敷地内だけでも楽しんでいただけたし,私が室内撮影の仕事で同行できない日は,お二人であちこちロケハンしていただいた。
 このころの私はダンゴムシとアシナガバチの撮影を始めたばかりのころで,とくにアシナガバチの巣探しは難航していた。ロケハンに出たお二人がアシナガバチの巣をついでに見つけてくれ,これは助かった。虫探しにはうまくいかない時期が続くこともあって,そういうときは何かのきっかけがあるといい。
 結局これも昨年の記事で書いた事だが,なんと私の仕事部屋を取り囲むようにしてアシナガバチの巣がいくつも敷地内で見つかったのであった。まさに燈台下暗しであった。

 「ヒラタクワガタとアカメガシワ」(6月19〜23日)

 ノコギリクワガタが家の門灯に飛来し始めたのは6月の中頃だった。
宮崎に移転したらクワガタムシを少しまじめに撮影しようと考えていた。それは仕事の上でこれまでにも依頼が多かったこともあり,いつもそれに満足に応じることができずこれではマズいと感じていたからだ。
 引っ越し前の冬の間に所沢市の雑木林でノコギリクワガタ幼虫を採集しておいたのも,まずはノコギリクワガタの蛹化シーンあたりから撮影に取り掛かるつもりでいたからだ。仕事で使われるクワガタムシの写真は,ノコギリクワガタがもっとも多い。とくに生活史を掘り下げた写真はノコギリクワガタが圧倒的に使われる。もちろんそれは児童書の世界だが,昆虫写真の市場とはほとんどが児童書である。

 しかし蛹室作りのタイミングをつかみ損ねたため,蛹室を止む無く人口蛹室にしての撮影にはどうも抵抗があった。4匹ばかりの前蛹からはメス1匹,オス(2タイプ取り混ぜて)3匹の蛹を得る事ができたが,今回は資料カットに留めて野外での蛹室や蛹化連続カットなどは,次期シーズンに再トライすることにした。
 それであらためて敷地の林を観察してみるとノコギリクワガタ幼虫の入っていそうな根株がいくつか見つかった。敷地の林で思う存分撮影できるなら,これに勝る条件はあるまい,そう思って少し期待を抱けた。

 さてノコギリクワガタはポツポツ夜間の門灯に来るけれど,さして写真になるシーンは見当たらない。飛翔シーンなら撮れそうだったが,これもクワガタ自身の飛びたい衝動を捉えるのがたいへん厄介だ。ときおり高い梢の間を飛んでいることもあってとても格好良かったが,高過ぎてどうにもならない。いったいどうしたものかと思案していたら,アカメガシワの樹液にヒラタクワガタの姿が目立ち始めた。
 アカメガシワの樹液が出るのは,幹内にコウモリガ幼虫がトンネルを穿ったせいだ。コウモリガ幼虫は糞を幹の外に出すため大きな穴を開けるが,そこが他の昆虫たちにとっての樹液レストランとなっていた。
 これまでヒラタクワガタは夜行性とばかり思い込んでいたが,昼間からにぎやかに樹液に集いそしてそこで交尾までしていることにかなり驚いたものだ。またアカメガシワ樹液にやってくるクワガタは他にもコクワガタがいたが,圧倒的にヒラタが多く,なぜかノコギリクワガタは一度も見ていない。
 ヒラタ,ノコギリの両種が同じ樹液で観察できるようになったのは,クヌギ樹液が盛んに出始めた6月の末ころとなった。

 新開 孝

2007年『昆虫ある記』を振り返って(4) 2008/01/08
 今日は再び昨年の5月からもう一件の記事を選んでみた。

 5月に入ってからも草刈り作業を徹底して続けたのだが,とくに使い慣れていない草刈り機の作業ではずいぶんと筋肉痛に悩まされた。敷地内の西側にあるノリ面は一番荒れており,とりわけコウゾとメダケが繁茂して草刈り機だけではどうにもならなかった。そこでチェンソーも使ったりした。チェンソーは小型ではあってもしっかり支えての作業となるので,腕や腰にかなりの負担がくる。
 毎日汗だくで作業を繰り返すうちに西側斜面もどうにかすっきりとした草地環境を取り戻せた。筋肉痛も1ヶ月を経てようやくおさまり,しだいに体も慣れてきたころだ。

 「コガタスズメバチ女王の巣作り」(5月15〜17日)

 コガタスズメバチの女王は越冬から目覚めると,単独で巣作りをする。その孤独な作業に立ち会えたのはほんとうに幸運であったとしか言いようが無い。

 巣作りの場所を見つけたのは国道を逸れて,川沿いの細い道に入った直後だった。フロントガラス越しにチラリとオレンジ色の蜂が飛ぶ姿が目に入った。咄嗟に車を止めてその蜂の姿を目で追いかけてみれば,崖の中段上あたりにぶら下がった初期巣があった。
 発見したのは15日であったがそれから数日おきにこの場所に通うこととなった。
営巣場所の道は車の往来もきわめて少なく,通る人も近所に数軒ある農家の方ばかりのようであった。そこで出会った方々には挨拶をし,コガタスズメバチの営巣のことも詳しく説明してみた。会ってお話をできた方々の様子から,皆さんスズメバチの巣に対して寛容であることを感じ取ったことは昨年の記事のなかでも書いた通りである。

 ともかくコガタスズメバチの初期巣で内部の巣盤がしっかり露出している段階から撮影できたのは初めてのことであり,私はかなり張り切って撮影に臨んだ。この機会を逃したら次は無いと思ったからだ。それと同時にけっこう迷ったのも事実であった。というのも近所の農家の方々数人と会話を交わしただけでこの営巣場所が安全に見守られるという保証を得ることはできず,またそう考えるのは甘いと思っていたからだ。
 そこで営巣初期の段階で巣ごと女王を捕獲し,自分の敷地内に移設する計画もずいぶんと考えたのであった。しかし,営巣場所は回りの環境を写し込んでの絵柄に優れており,このロケーションの良さを捨てるのはじつに勿体ない。迷った挙げ句,やはり幸運を祈りつつ巣はそのままにして撮影を続けることにしたのであった。
 じつはこの巣場所のすぐ近くの薮のなかでも別のコガタスズメバチ女王が営巣しており,そちらはすでに巣盤も完全に閉ざされた徳利型巣まで進行していた。その段階からでも撮影しておく価値はあったけれど,うちに移設してまではと気乗りしなかった。

 しばらく通ううちに巣作りは下向きの徳利状まで進行した。こうなると巣のなかでの作業は見ることもできず,とりあえず巣からの出入りなどを撮影することにしていろいろとその準備を進めてみた。コガタスズメバチの単独女王はそれほど恐れる必要はないのであるが,それでも巣の近くで作業しているうちに威嚇してくることも多く,そういうときはやはりビビってしまう。
  ようやくカメラの設置器具やライティングが決まったところで,こんどは天候が崩れ出し,しばらくは撮影を断念するしかなかった。その中断はじつに2週間に及び,さすがに心配になってきた。

 そしてようやく雨が上がり天候も回復した日。心配していたことが現実となった。営巣場所に着いてみれば,巣の様子がおかしい。徳利状の筒が大きく欠けておりひびが入ったり穴が空いているのだった。外部から強打されたのは間違いない。もちろん女王バチの姿もなかった。
 いそいでもう一つの巣も覗いてみようとして,すぐにそちらも惨事に見舞われたことがわかった。巣場所は高い崖の上の薮の中にあったが,その崖には人が登った痕跡が残され,薮の入り口が大きく開かれていたのだ。巣は跡形も無かった。

 このようにして人家周辺や耕作地周辺のスズメバチやあるいはアシナガバチ類の生活を撮影する仕事は,多くの場合うまくいかない。スズメバチやアシナガバチは人を刺すのだから,巣を作らせない,というのが世の中の大勢だから仕方が無いと
諦めるしかないのだろうか?
 いやほんとうはそれは大きな間違いだ。自然とうまく付き合っていく術について,多くの人が希薄になってしまったのだと感じる。対峙する生き物についてちゃんと理解しようという態度があってこそ,危険を回避できるだけの距離感というものを保つことも可能なはずである。
 
新開 孝

クロシデムシ参上! 2008/01/07(その2)
 秋から年末にかけて,林の下刈りなどに精を出し過ぎていろいろと他の仕事の停滞が生じている。天気が良いとどうしても外に出て体を動かしたくなる。それがいけないのだ。わかってはいるが,シーズン前に雑木林を何とかしたいという気持ちも強い。

 来年出版予定の本や,そしてもう今年には出さなくてはならない本のことなど,室内にこもってやるべきことも多い。いやほんとうは外をうろついている暇など無いはずだが,少しは体を動かさないとやはり何をするにしても私の場合うまくはいかない。

 そこで午前中いっぱいは机に向かい,昼食後は先日かき集めておいた落ち葉などを燃やす作業をした。1時間ほどで作業を終了し再び机に向かう。で午後4時には犬の散歩で40分ほど散歩してみた。
 散歩から戻ってしばし林を眺めていると,クヌギの根元の幹にクロシデムシがいた。なんとも綺麗でカッコ良い。本種は動物の死骸に集まりその腐った肉を食べるのだが,その習性に対する人から見たイメージなどとはおよそかけ離れた美しい体をしている。

 成虫で越冬していたものが,今日のぽかぽか陽気に誘われて姿を現したようだ。
 体に触れるところりと地面にころがって擬死をする。お尻からは臭い液体を出した(写真下)。

(写真/リコーCaplio GX100+サンパックストロボPF20XD使用)
 新開 孝

2007年『昆虫ある記』を振り返って(3) 2008/01/07
 今日は2007年5月の記事から1件を選んでみた。
 5月に入って引っ越し荷物がようやく落ち着いた頃だが,細々とした部屋の片付け
は延々と続き,ほぼ完璧に新しい生活が滞りなくスタートできたな,と感じるまでには2ヶ月はたっぷりと時間を要した。

 「タイワンオオテントウダマシ」(5月3日)

 庭の片隅にクヌギの伐採木を積み上げて置いてある。このクヌギは衰弱して今にも倒れそうになっていた木だった。しかもその傾いだ方角が家に向かっており,そのまま倒れたら屋根に激突する危険性がじゅうぶんにあった。そこでチェンソーを使ってこの立ち枯れクヌギを切り倒したのであった。その作業にはたっぷり2時間も掛かったけれど。
 クヌギが枯れた理由はいろいろあると思うが,材の中にはミヤマカミキリ幼虫の穿ったトンネルが無数に貫いていた。最初はシロスジカミキリではないかと喜んでいたがそれは期待はずれであった。振り返ってみれば夏の夜,門灯に飛来するミヤマカミキリはたいへん多く,また樹液にもよく来ていた。ミヤマカミキリが産卵したのはそれ以前にクヌギが衰弱していたからであり,クヌギが枯死していった最初の原因を突き止めるのはなかなか難しいのではないかと思う。
 それはともかく,こうした朽ち木材を庭に積んでおけば,そこには各種の菌類が繁殖し,さらにその菌類や朽ちた材そのものを餌にする様々な昆虫が集まってくる。
 近所の方々は,クヌギの材があるならシイタケが穫れるよ,と事あるごとに親切に言ってくれる。しかし私にとってはどんな昆虫たちの顔ぶれを見ることができるだろうかというのが当面の楽しみであるし,それが最大の目的なのであった。
 
 さて,昨年5月3日の夕方,そのクヌギ材をいつものように眺めていたら写真のテントウダマシが這っていた。それまでに見た事がないほど大きなテントウダマシで,体長は10ミリ以上あったと思う。撮影したあと採集しておかなかったことが後で悔やまれた。写真をアップした当初はタイワンオオテントウダマシかどうか自信がなかった。それというのも本種は国内では唯一,対馬のみに産することになっていたからだ。しかし,いくどとなく図鑑と照らし合わせてみても,該当種はタイワンオオテントウダマシしか見当たらなかったのである。
 ところがその後,幾人の方から私のアップした写真はタイワンオオテントウダマシの可能性が高い,という指摘をいただいた。そして最近になってさらに知人の方から本種が対馬から移入されたシイタケ原木に紛れて,九州本土に上陸した可能性を指摘いただいた。

 ハラアカコブカミキリというシイタケ原木の害虫も,もともと対馬にしか生息していなかったが,シイタケ原木や薪材が九州各地へ移入されてから,一気に分布域を広げ今では遠く埼玉県でも採集記録が出ているという。
 つまりどうやらタイワンオオテントウダマシがうちの庭で見つかったことも,もしかしたらハラアカコブカミキリと同様に,人為的な移入種とみなすことができるのかもしれない。
新開 孝

2007年/『昆虫ある記』を振り返る(1) 2008/01/06
 今日から数回に渡って,昨年2007年度の『昆虫ある記』を月別で少し振り返ってみることにした。
 2007年1月から3月末までは東京都清瀬市で暮らしていたので,それまでの『昆虫ある記』は主に武蔵野編ということになるだろう。そこで今回振り返る時期は,宮崎県三股町に引っ越してきた4月以降としてみた。
 できるだけ今のフィールドの特徴がよくわかる内容を選んでみたつもりだが,必ずしもローカルな話題にだけ絞ったわけでもない。

 さて,今日は4月の記事から,2件。

 「ニホンホホビロコメツキモドキの顔」(4月24日)

 ニホンホホビロコメツキモドキのことを知ったのは,今から12年前に発行された『四万十の昆虫たち』(田辺秀男/杉村光俊 共著/高知新聞社)を読んでからだった。しかしそれ以後ずっと,フィールドで実際に本種を見る機会がなかった。
 『四万十の昆虫たち』の解説文では「この種のメスの頭部は,複眼の前方で左側だけが大きく広がって,左右が非対称。」と書かれており,その奇異な形態に私はとんでもなく興味を抱いたのであった。しかし,本種の分布は本州から以南とされていても温暖な太平洋側であり,どちらかといえば暖地性の昆虫。武蔵野台地周辺で簡単に出会える虫ではなかったのである。

 左右非対称という顔面をアップで是非とも撮影したいと思い,一度は田辺秀男さんに高知のフィールドを案内してもらう話もあったのだが,スケジュールが合ず実現しなかった。
 2006年2月,『四国のカミキリムシ』というホームページ上のブログでニホンホホビロコメツキモドキの写真と記事が掲載された。さっそくコメントを書き込んでみたら,ブログを書かれた大塚さんからいろいろと情報をいただくことができた。

 本種のことを知ってからこのけったいな虫に出会えるまでに,なんと時間が掛かったことだろう。
 宮崎の新居の林には山ほどメダケがはびこっている。そして今,私はそのニホンホホビロコメツキモドキ大発生地の中に住んでいるのである。

 ※2件目は下に進んで下さい。
 

新開 孝

2007年/『昆虫ある記』を振り返る(2) 2008/01/06
 「庭に飛来したミカドアゲハ」(4月28日)

 私の実家のある四国,愛媛県にもミカドアゲハは生息しているが,その分布はかなり南の地方に偏っている。昔2回程,県南部の御荘町に通い成虫を撮影したり,越冬蛹を見つけた経験はあるが,愛媛ではやはりミカドアゲハは希少種である。

 もっとも屋久島や八重山諸島への遠征でミカドアゲハを撮影したり観察する機会もあったのであるが,それが意外と時期のタイミングが悪く,満足な写真はほとんど撮れていなかった。

 宮崎に来ればミカドアゲハは普通種だろうという期待は高く,さて実際にうちの庭のシロツメクサの花に飛来したときは,ほんとうに嬉しかった。
 ミカドアゲハの幼虫の食樹であるオガタマノキは,さっそく植木市で買い求め庭に植えてみたが,近所を散策するうちに公民館の生け垣や人家の庭などに,ポツンポツンと植栽されていることもわかってきた。

 昨年はその近所のオガタマノキを頻繁に見てはいたのだが,ついに卵や幼虫などを見つけることができなかった。しかしまあ,ミカドアゲハに関してはそのうち良いチャンスも訪れるだろう。あの可愛らしい幼虫の眼玉模様をまた見てみたいものだ。

新開 孝

アブラナの花と虫 2008/01/05(その2)
 昨年暮れ頃から庭の畑でアブラナが花を咲かせ始めている。

 昨日,今日と朝の冷え込みで庭の地面は真っ白だ。その白さは窓から眺めてみると一瞬,雪が降ったのかと錯覚するほどだ。

 霜に覆われているアブラナも(写真上),正午近くになって日射しを浴びるころには,たくさんの昆虫たちを招いている。
 
 一番多いのはハナアブ(写真下)やハエ類で,ヒメハナバチ類の姿もあった。

 南九州といっても冬は寒いが,このような光景を眺めていると春の訪れは意外に早いのだろうと感じる。今年の仕事のスケジュールを考えてみると,まだ冬だからとのんびりしているわけにもいかない。

(写真/リコーCaplio GX100) 新開 孝
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