| 昨日アップした写真「20年前、16年前の私と林の様子」を撮影したその現場に、今日は行ってみた。所沢市下新井の雑木林である(写真上)。
写真の中で私が立っていた場所はほぼ特定できたが、当時カメラを構えた場所に立つことは不可能であった。そこは背丈の高いササ薮となっているからだ。 ジムニーを止めてあった場所も、すぐ脇まで廃棄物処理場の埋め立てが迫り、林内は同じくササ薮だらけとなっていた。 一応は昨日の写真とほぼ同じ場所と思われる地点で撮影してみたが、やはり同ポジションではないので、比較する写真にはならず、作為的になって面白くない。
今のように林内にササ薮が侵入し始めたのは、林に人の手が入らなくなった10年くらい前であったように思う。近隣の農家でも堆肥を使うところは激減してしまったうえ、雑木林は土地の持主からしてみれば、厄介なお荷物でしかなく、放置されたまま、ますます荒れていく。そこへは都会から粗大ゴミや産業ゴミが捨てられ、人の心の荒廃まで浮き彫りにする。
暗く重い気持ちになりながら、林を歩いていると、落ち葉の上にヤママユの大きな繭殻が落ちていた(写真中、下)。根っこを晒してでんぐり返ったコナラの朽ち木を蹴飛ばしてみると、コロリンとカブトムシ幼虫が転がりでてきた。土と混じった腐植材の狭い隙間には、少し栄養失調気味のカブト幼虫が6匹、互いに寄り添って潜んでいた。コナラの梢を見上げれば、同じくヤママユ繭殻が一本の木に3個ぶらさがっていた。 その繭殻にぽっかりと大きく開いた穴を見つめていると、夏の夜、大きなヤママユたちがこの林の上空を舞い、梢の合間をすり抜けながら鱗粉を散らし、そして巨大で緑に輝く幼虫たちが、コナラやクヌギの葉をパリパリと暴食する姿が目に浮かぶようだ。
たしかに林は荒れた。昆虫の種類も数も減ってきた。がしかし、もちろん一気に何もかもが姿を消していくわけではない。昔のまま相変わらずたくましく生きている昆虫もまだまだいる。 ここの林も大掛かりに整備していけば(かつて薪炭林として活用されたような二次林として)再び、いろんな昆虫をはじめ多様な生き物がすみかとして戻ってくるものと期待できる。
このような雑木林の再生は、もはや行政にだけ委ねていてはダメで、雑木林を活用したい市民の力も併せて、身近な自然を自分たちのために取り戻す努力が必要だろう。そして雑木林を活用する立場、例えば昆虫採集を楽しんだり、観察や撮影を楽しんだり、キノコ狩りしたりする様々な人たちからも、雑木林の整備に対して投資がなければ、もはやこの里山維持は成り立っていかない。
私はあまり偉そうなことが言える立場ではないが、雑木林という自然と人社会の接点で、生物環境のバランスを巧妙に維持して来た歴史を大事にしたいと考える。 そこで、まずは自分自身の手でもって、その雑木林を手入れする作業を始めてみようと考えている。それは2ヶ月後に移転する宮崎の土地で実現する。 本や人の話も大事だが、自らの土地で、まずは汗を流しながら林を維持することを真に体験してみたいと思う。自分にとっては仕事の糧を生み出す林でもあり、真剣にならざるを得ない立場で立ち向かうことになる。 雑木林こそが、私の一家が生活していくうえで、無くてはならない生産活動の場になるからである。
(写真/E-330 14-54ミリズーム)
『「昆虫ある記」武蔵野編の終焉にあたりーその2』
「昆虫写真家」という職業については、それに憧れる方もごく僅かだがいらっしゃるようで、私のところにも「将来、昆虫写真家になりたい」という小学生の方からメールをいただくことがあった。 とても情熱的なメールだったので、私は丁寧に返事を書いたが、しかし昆虫写真家の職業案内はできても、そこへの就職手引きは不可能である。こうすれば早道とか、こんな心がけなら良いよとか、そういうアドバイスもあまり意味が無いと思う。 プロの「昆虫写真家」というのはどこか「陽炎(かげろう)」のようで、じつに怪しい存在である。それというのも、写真家によっては、ときと場所によって肩書きを使い分けており、あるときは「自然写真家」、「生物写真家」であったりして、「昆虫写真家」という職業名はいかにもあやふやで、死語になりつつあるのかと感じさせる瞬間も多いからだ。 しかしながら、私は迷わずどこまでも「昆虫写真家」を名乗り続けるつもりであり、このいかにもこだわりの名称が気に入っている。「昆虫写真家」だからといって、何も昆虫しか撮影しないわけではない、ということをそれを改まって説明する意味合いで「自然写真家」とか「生物写真家」とか肩書きを変える必要はないと、私は考えている。昆虫にこだわる中で、広く深く自然を見つめる姿勢に変わりはないからだ。この肝心なところを押さえて活動しておれば、その作風から世間に対しては自ずと伝わるものがあるはずだ。 昆虫世界を熱心に情熱的に、そして冷静に覗き見ることで、広く生物世界を理解しようとする立場にある写真家が「昆虫写真家」と名乗る、そういう風に私は自分で理解しているつもりである。 ちょっと力み過ぎて、長くなりそうなので、この続きはまた、(その3)にて、、。 | |